ご訪問ありがとうございます。
amebaのZEPHYRの姉妹ブログです。


作家として
占星術研究家として
家族を持つ一人の男として

心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。


2016年3月31日木曜日

4月の12星座の運勢

4月1日午前0時より関西鑑定会とセミナーの受付を開始いたします。
ご案内の記事を0時にUP致します。


****************


zephyrより。

この「12星座の運勢」は、主にマルセイユ・タロットを使用した12星座それぞれの運勢です。
(占星術も可能な部分では採用しておりますが、限定的なものです)

この12星座の運勢は、あくまでも全般傾向です。
個人の運勢とは異なることも、決して珍しくありません。

ですから、この全般傾向の中に何らかの不調が表示されていてもいたずらに気落ちし、「そうなんだ」と暗示にかかることは好ましくありません。
注意点に留意し、参考や心構えにして頂く。
良い暗示について、ご自分の現状に照らしてシンクロする部分があれば、それを生かす。
そのような活用をして頂ければベストかと思います。

そのような活用の仕方はできそうもない、悪いことを知らされたら落ち込む、とお感じになる方は、お読みにならないでください。
また、解説の中に出てくるアドバイスも、ご本人の現実に照らして生かせるかどうかは、ご自身で判断ください。

新月記事も12星座別のアドバイスを添えています。併せてご活用ください。
また星座にはそれぞれ今月のキイカードとなるものを添えておりますが、判断はカード一枚で行っているわけではありません。
またこのマルセイユ・タロットは、一般的なタロットの解釈とは意味が異なるものもございますので、ご注意ください。




☆一言、メモ。

この月は、想像以上に偏りが見られました。
家族、父母、子供といった暗示を持つ星座が多く、ここでは家族とのつながりを大切にしたほうが良さそうです。
母、主婦、妻、またアイディアや学習などということが有効なキイワードとなる星座も多く存在します。
家族と学び、その中でのバランスなどが大切な月と思われます。



◇◇◇12星座◇◇◇


☆牡羊座


№3 女帝

この4月は、インスピレーションが重要になります。
ふっと浮かんでくるアイディア、直感が事態をうまく調整する力になるでしょうし、何かを選択しなければならないときにも役立つでしょう。

この月は決して不調ではありませんし、むしろ人とのお付き合いやコミュニケーションがあなたを助けます。
何か困った問題が親しい人間関係、家族や職場で発生するかもしれませんが、そんなときでも自分と相手にとって最良と思える判断をしましょう。
損得が問題になることもあるでしょうが、一番大事なのはやはりあなたの直感です。
(子供のことで感じる人もいるでしょう)

それに誰かと話し合ったり、相談に乗ってもらったりすることで解決するかもしれません。

そこで重要になるのが、アイディアです。
発想、着想、また自分自身の夢や希望という未来に思い描くものが大事です。
そこへ近づくためには? という観点を持っていたほうがいでしょう。

ただ、それが我欲的になものであれば、ただのその場しのぎの充足に終わってしまうかもしれませんし、ごまかしでしかない。



☆牡牛座

№7 戦車

何かと人間関係の間に挟まれそうな月です。
自分自身のコンディションが悪いというのではないというケースが多いと思われ、問題のある二人の人物の間で、これ調和に務めるといった印象です。

これは父母などの問題である可能性もあります。

あるいは人物ではなく、「考え」という可能性もあります。
仕事上、進めていくうえで、新しいアイディアと旧来の依怙地や考えややり方といったものの間に食まされてしまうのかもしれません。

なんにせよ、月の牡牛座は「バランスを取る」というお役目がありそうです。
これは多少のストレスはあっても、全体としては必要とされることですし、あなたはきっとうまくやれます。

バランスをとるためには、時には強い牽引力が必要かもしれません。
またこの「戦車」の男性のように、言うことを聞かない二頭の馬を制御する、そんな気概が必要なのでしょう。

5月2日~6日あたりの生まれの人には幸運のバックアップがあります。



☆双子座

№2 女教皇

あなたは物事を完成や成就に向けて進めようとします。
それはもはや目前に迫っているように思えます。

しかし、何か一つ動かしがたい状況や人物が存在するのかもしれません。
そのために最後のチェックメイトまで行かない。
という、わずかなフラストレーションがあるかもしれないのですが、これはこの月のうちにおそらく動きます。

時間の経過とともに状況の進展や好転が期待できると考えられます。

ここでは「結婚」という一つの成果を実現なさる方も多いかもしれません。
父親が障害になっている場合は、母親が助けになってくれます。

また仕事に関することであれば、これは自分でよく調べて学習してみることです。
書物の中に解決の手がかりがあるかもしれませんし、自分のスキルを上げることで解決するかもしれません。
非常に良い運勢なので、前向きに進みましょう。ただし冷静に、控えめに。



☆蟹座

№18 月

いろいろな事案が考えられますが、人間関係ややろうとしていること、日常生活などのバランスを崩しやすい月です。
これはここまでの無理がたたって、身体的なコンディションに出ることもあるでしょうし、ちょっとした言葉の行き違いや誤解などから人間関係に問題が起きることもあるでしょう。

この月は冷静さや慎重さが求められる月で、何かあっても慌てて走り回るようなことは避けたほうが良いです。
むしろこの「月」のカードのように、明鏡止水。
波の立たない静かな水面のような心地で居るべきです。

多くの問題は、見守っていることが対処として望ましいでしょう。
また問題が起きてストップや不安を感じたのであれば、計画を見つめ直すということも必要です。

不安に支配されることなく、良いイメージを常に心で温めてみましょう。



☆獅子座

№2 女教皇

この月は多くの人にとって、「家族」や「家庭」に関連した体験が用意されているでしょう。
お子さんのいらっしゃる方は気にかけてあげてください。

金銭・経済的な問題が意識されやすいということもありそうです。
これも家族にかかわることが多いでしょう。

しかし、基本的には非常に良い流れを持った月で、思いがけないラッキーも期待できます。
告白を受けるとか、思いがけない人事を受ける人もいるかも。
流れに乗っていけばOKです。

今まで何を選択していたか、ということも、もちろんこの月に起きる出来事には関係してきます。
また何か隠されていたものが発覚するということもあり得ます。
たとえば浮気が家族にばれる、使い込んでいたお金のことが発覚する、などのことです。

これらが起きた場合、正道に立ち返るためのものとお考えください。



☆乙女座

№8 正義

乙女座はこの月、注意すべきことがあります。
個人的なものでも仕事上のことでも同じですが、金銭や財政のことが問題として実感されやすいのです。
すごく小さなことを言えば、買わなくていいようなものを衝動買い・浪費してしまうこともありそうですし、これまでのツケがここで出て厳しくなるということもあり得ます。

計画していたことに障害が発生して進められないということもあり得ます。
いずれのケースでも焦ると判断を誤りますので、少し時間をおいて決めるくらいの向き合い方がいいでしょう。
過去の流れの始まりから終わりに至るまで、ちょっと整理してみると良いかもしれません。
頭がすっきりし、もんごとの核心が見えてきます。

提示されている「正義」は、やはり公明正大さや正しさを表示し、ここでバランスを回復する必要があるようです。

9月4日~8日あたりの生まれの人は幸運のバックアップがあります。



☆天秤座

№20 審判

獅子座、乙女座などと同じような傾向が天秤座にもあります。
家とお金。
この二つがセットになっています。
またキイカードの「審判」も父母子の揃った家族のカードでもあります。

天秤座は家族や家に関することで、ショックなことがあるかもしれません。むろん財政面のことや子供のことかもしれないのですが、この事態には意外な救済があります。

その訪れ方は人それぞれ異なるでしょうが、その意味では悲観する必要はあまりありません。
単純に夫婦や親子の間で喧嘩をしてしまうが、やがてお互いに冷静になって仲直りできるという流れかもしれません。

家族で出ない場合、会社や組織にかかわるショックであろうと思われますが、助けがあるのも同様です。



☆蠍座

№2 女教皇

大きな問題があるわけではなさそうですが、今一つ動きが少ない月です。
仕事もそうですが、自分の思い描くことに関しても、状況が先へ進んでいきにくい傾向があります。

こんなときは一つ焦らず、自分自身の癒しの時としましょう。
蠍座もまた「女教皇」がキイカードで、これは非常に控えめで、消極でよいくらいのカードです。
内的な充実を図ることのほうが向いていて、外に向かって出ていくものではありません。

読書をしたり、知識を身につけたり、自分の技能を磨く時期にしましょう。

また好きな音楽を聴いてみたり、芸術に触れてみるのも良いでしょうし、出かけるとしても森林浴のような自然の中に身を置いてみましょう。
自分が好きで、癒されると感じることをなさってください。
身体の調節をしてもらうのも良いでしょう。

リフレッシュ休暇のような運勢なのですから、実際にそういったことをやってみるのが一番生かした過ごし方といえそうです。




☆射手座

№3 女帝

射手座も身動きがしにくい運勢があり、同じようなところでぐるぐる回ってしまうようなところがあります。
迷路の中で同じ場所を幾度も通過するようなもので、非生産的です。
これは現実にあなたを縛っている状況というのもあるはずなのですが、根本的な打開策が見出し切れていないからだとも思われます。

友人やパートナー、同僚などに意見を聞いてみたりするとよいでしょう。
話しているうちに思わぬアイディアが閃き、それが事態を突破するインスピレーションとなる可能性があります。

周囲との協調・協力というのが大切な月で、周りを大事にすることで、この堂々巡りを抜け出していけます。

キイカードの「女帝」は着想や閃きのカードでもあります。
それを得れば、早い段階で好転します。




☆山羊座

№5 教皇

この月は一部を除けば好調です。
それはどちらかというと、あなた自身の不安や恐れで、メンタルな問題である可能性が高いでしょう。
しかし、逆に言えばそれだけのことで、そこをうまくコントロールしていけば、何も問題がないともいえる月です。

人とのコミュニケーションでも、何かを選択することでも、最初は必ず不安が付きまといます。
大丈夫だろうか、という不安です。
が、心配するほどのことはありません。
自分の思うところがあれば、胸を張り、公明正大に進めることです。

その最初のチョットした勇気さえ出せば、信頼のできる友人関係や交際が広がり、楽しい月になりそうです。
良い出会いや恋愛などにも期待が持てる月です。

1月2日~6日あたりの生まれの人は幸運のバックアップがあります。




☆水瓶座

№7 戦車

所々でつまずいたり、修正を余儀なくされたりすることはあるでしょう。
が、この月は自分の直感に従い、先へ進んでいきましょう。
細かいことに拘泥するのではなく、大局を見て行けばよいのです。

少しばかり配慮や計画が甘かったり、知恵が不足していたりということはあるのかもしれません。
そういったものもすべて自分で完璧にしようと思わず、人を頼ってください。
頼るというのでなければ、力を合わせるべきです。
何もかも能力や知識をすべて備えているの人はいないのですから。

「戦車」は勝利や成功のカードです。
ここでは大きな意味での、それを意識したほうが良さそうです。それをあなたがちゃんと見据えて、前に進んでいくことが大事で、それができる運勢です。




☆魚座

№8 正義

魚座はこの4月、同じような問題で堂々巡りしそうです。
人によってはコミュニケーション、人間関係のことになる可能性があります。意志の疎通がうまく行かない傾向があるのでしょう。
何かと雑音が多く、心静かに美しい響きに耳を傾けようとしても、周囲でガチャガチャしているような状況と思われます。

またこれは家族の問題となって出てくる可能性もあります。
キイカードは「正義」で、これは良心に照らして正しいと思うことをなさいという意味でもありますし、全体のバランスをとって行きなさいというアドバイスでもあります。

ここですべてを解決できるというわけではありませんが、バランスをとってうまく操縦することはできるのです。
焦らずに冷静に、今の状況と向き合って行けば、いずれ事態の変化を迎えることになるでしょう。



2016年3月30日水曜日

4月の日本と全体観測

3月の解読の中で、読み落としていた部分が、このところ顕著な航空機事故や航空機に絡んだ事件、トラブルです。
これはやはり満月以降に顕著なものだったことを確認いたしました。

前回の3月のカードは、「魔術師」としてのアメノウズメの逆位置でした。
これについてのスキャンダル、堕落といった部分については、やはり強く表面化されたように思います。

さて4月カードはいかなるものだったか?


◇◇◇日本◇◇◇

日本神話タロットの弐拾壱 世界


タロット最後のカードである「世界」の正位置でした。

「完全」「理解」「統合」といった意味のあるこのカードの正位置からすれば、4月の日本は非常に好調であると言えそうです。
全体的なことを示していますので、細部に至るまで良いということではありませんが、目立った要素ではこれらのキイワードが光ってきそうです。

国際社会での中での日本や日本人の活躍が報じられるかもしれませんし、それは政治や経済、スポーツや芸術など、様々な領域で見られる可能性があります。

政治や経済で「統合」の動きが顕著で、それが正位置ですから、良い形で進むのかもしれません。


この日本神話タロットの「世界」には、コトアマツカミが描かれています。

最初に出現した神であるアメノミナカヌシ。
次に出現したタカミムスビ、カムムスビ。
国生みをしたイザナギ、イザナミ。
この五柱の神々を、コトアマツカミと呼ぶそうです。


原初の創造神たちとも言えるでしょう。
「世界」は最終カードですが、終わりは始まりでもあります。

そういう意味でこの日本神話タロットの「世界」は、そのまま新しい始まりも示しているようです。

4月は年度の始まりでもあるので、ふさわしいと言えるでしょう。

ただ、それだけではなく、この4月にはばらばらだったものが統合したり、互いの理解を深めたりということが様々な局面で見られるでしょう。


カードの中央で能面をつけて舞うアメノミナカヌシ。

「世界」のカードは多くのタロットが「踊る女性」を描いています。
(アメノミナカヌシに性別はないように思いますが、能面は小面なので絵としてはやはり女性ですね)

このカードもそうで、舞い踊るこの姿が、明日3月31日から開幕されるフィギアスケート2016における日本勢の活躍にも期待を抱かせてくれます。
(男女を問うわけではないと思います)

「完全」という評価が見られるかもしれませんね。

創造的な活動にも高い評価が与えられます。





◇◇◇世界◇◇◇

世界的にはここでは「不和」が拡大する公算が強いと思われます。

欲望、戦いへの衝動、人間が本質的に持つ闘争本能といったものがクローズアップされやすい時期のチャートに思えます。

また私たちはそれぞれの民族・国家の伝統やDNAを持って存在していますが、その中には誇るべきものもあればマイナス面もあります。

そうしたマイナス面が強く出てしまい、それが国家間や民族間、隣人との間に引き継いできた悪しき連鎖・カルマの再現を演じさせてしまうかもしれません。

ここではよほど慎重に行動し、人として本当の意味で高貴な選択や判断とは何なのかということを念頭に置くべきと感じます。


本能的なもの、欲望ということが強まる中には、性衝動なども考えられます。

これだけが理由ではないのですが、ここではどうも社会的な弱者の内、子供や女性、少女といった存在が被害に遭いやすいのではないかという懸念も抱かされます。

4月の日本はカード上は良いのですが、これは全体傾向であり、この全世界的なものの項目で書いているさらに大きな全体傾向と無縁でいられるわけではありません。

子を持つ親御さんはそれぞれに注意を促してあげてください。
とくにこの傾向は、月の中旬に強く感じます。

また7日の新月の前後の数日間は、このところ多い航空機関係のトラブルが再び出る時期になるかもしれませんが、宇宙などの新しい発見や技術的な革新も報告されるかもしれません。

画期という意味では、何かの時代の節目のような出来事も見られるかもしれません。


非常に大きな転換を迫られるものがある一方、すでに新しいルートに入った流れは力強く、確実に推進していける動きもあります。

ある人やある集団には展望が開けるときです。



2016年3月29日火曜日

ルミネセンツァのランチ

つい先日、日ごろの感謝を込めて、奥さんと一緒に総社のオステリア・ラ・ルミネセンツァを再訪しました。

というのも、昨年の秋、本当に久しぶりにお店に行ってみると、ご主人が体の調子を崩され、長く休業されていたというお話を聞いていたからです。

ここはちょっと応援したい。
(ので、仕事などでも使ったりします)




いつもの美しいプレートにちりばめられた、オードブルたちよ~♪

それぞれが手が込んでいて、しかも全体がきれいです。


白バイ貝、でかい(゚д゚)

こんなに大きいの、見たことがありません。
バイ貝って、もっと小さいのしか見たことがない。


お魚も二種、アジと鰆か…と思ったのですが、自信がありません。

あさく炙ってあり、お野菜とドレッシングのほのかな味と香りで楽しめます。

他にも大きなホタテ、エビなど。



スモークサーモンのクリームソースのパスタ。

ソースがやはり素晴らしい。

そしてこれ、やはりただのサーモンじゃなく、スモークだからこそのパスタとのマッチングがあるんですよね。

パンでソースをきれいにお掃除したくなっちゃいます。



もう一品のパスタは、春野菜とパンチェッタのオイルソースのパスタ。

いや~、菜の花とパンチェッタがいいアクセントで、クリームソースが優しい味なら、こちらは力強い味。

パスタ自体の出来の良さも、本当に変わらない。



桜と松の実のパンとバケット、そしていつものサラダ。




メインもたくさんチョイスの余地があったのですが、魚はアンコウを選びました。

桜ソースのアンチョビバターがまわりにあり、うず高く積み上げられておりますが、なんと!


ででーん!

なんと分厚いアン肝が。

このアン肝、まったく癖もいやな匂いもなく、すんなり食べられます。

上に載っていたボタンエビもぷりっぷりです。


お肉のほうはオリーブ牛のモモ肉。

なんと、黒ゴマのソースです。

オリーブ牛は、たぶん香川県の小豆島産でしょうね。

名産のオリーブを使った養殖ハマチとか、最近、よく耳にするようになりました。

しかし、牛は初めて。

私は脂ぎっていないモモ肉が好きなんですが、これはしっかりとした肉のうまみがありましたし、その一方でなにか普通のモモ肉よりもさらに、あっさりと言ったら変ですが、そんな感じなのです。


さつまいもとカスタードのタルトとプリンのマンゴーソース。

サツマイモらしい甘い味わいと軽いカスタードがミックスされたタルトはお茶のおともに最高です。

プリンのマンゴソースが口を清涼感で満たしてくれます。


来た来た。

やってきました。彼が。



私たちの愛を込めたニックネーム。

ゲロゲロ君。



いや~、最っ高のランチでした。

皆さんも是非、繊細で素材が生かされたイタリアン、ご賞味くださいね。

オステリア・ラ・ルミネセンツァ
 住所: 〒719-1132岡山県総社市三輪1065-7
 電話: 0866-92-4239





2016年3月28日月曜日

83歳の母が、まさかのiPad!!


プリンセス☆マリアンさんのブログにて、【牡羊座新月のマリアージュ☆一斉遠隔セッション】のご案内が掲載されております。

そこに次新月に関するメッセージを寄稿しておりますので、よろしければそちらもご覧ください。


****************



春の珍事です。

83歳のおばあちゃん(母)が、iPadを使うことになるとは……



とはいえ。

何で使うって、これが……


麻雀なのである!



「なあ、昔使ってたみたいな麻雀ゲームないかなあ」

先日、母が私にぼやきました。

TVでこういうゲームが認知症とか、そういったものの防止にもいいという番組を見た後のこと。


じつは我が家は、昔、わりと麻雀とか花札とか、好きな一家でした(年寄りたちが=曾祖父母なども)。
といっても家の内輪で盛り上がってやるようなもので、賭けごとに主体があるものではありません。

要するにその時代のゲームが好きだった、といえるのでしょう。

その中でもうちの母は、わりかしハイカラなのです。

たとえばスーパーファミコン時代のマリオとかぷよぷよなどやっていました。
とくに、ぷよぷよは好きでしたね。

それにスーファミで麻雀のゲームもやっていました。

が。最近ではハード自体が扱いにくくなり、ゲームをやることが少なくなっていました。

なにせプレステとかWiiとか、ソフトがディスクだったりしますので、デリケートなのはNGです。



その昔、今の感覚でいうと、DSみたいなサイズの麻雀ゲームが家にありました。

これが結構面白くて本格的で、我が家の中でも母はハマっていました。

これは完全に機械自体が麻雀のみのゲームで、それしかできないんですけれど、母的にはああいうわかりやすいのが良かったんですね。

で、そういうのがないのかと。



ネットで調べてみると、絶無ではないものの、今どきかえって大変に高価に感じるものです。

お手軽に麻雀ゲームをするとしたら、それこそスマホにソフトを入れて遊べ!なんですよね。

無料のソフトもたくさんありますし。

しかし、母もスマホは使いません。
ガラケーでさえ、使いあぐねていて、結局解約。


ああいう頭を使うゲームは、認知症防止などには良いのはわかりますし、私もやっぱり母にはしゃんとしてもらっていた方がありがたいですし、そういう遊び好きな一面があることは知っていましたので、

なんかいい手はないものか…

悩んでいました。


とりあえずデリケートな機械はNG。

母でも扱えるくらいのシンプルさ。



ある日、(-_☆)キラン とひらめきました!


我が家にはiPadがある!

iPadに麻雀のフリーソフトを入れればいいんでないかいっ?!
(すぐに思いつけよ、と突っ込まれるくらいの発想ですが)(笑)

このiPadは、以前、娘が入社することになった会社の忘年会だったか新年会だったか、何かの会で1等の商品。

に当たった若手の男性が、なぜか「これを俺がもらうのは気が引ける」という理由で、なぜかなぜか娘に譲られたという品物。

その当時、我が家にはネット接続環境がろくになかったので、もらっても使い道が極めて限定されていたのですが。


iPad

お役に立っていただきましたっ!!

麻雀ソフトをインストールし、母を呼んだところ……


笑える。

ちょっとは説明が必要でしたが、ゲームの操作自体はすいすいと。

麻雀、面白いようです。

83歳、対応している。


頭が柔軟なのでしょうね。

うーん。
自分にしても30年近い歳月が必要なのですが、母と同じように柔軟でいられるだろうか???


好奇心と遊ぶことの大切さを教えられたのであります。




2016年3月26日土曜日

関西鑑定会とセミナーの予告


関西鑑定ですが、3月下旬には受付開始しますと言っておりましたが、申し訳ありません。

もう少しだけお待ちください。

しかし、日程、会場、枠などもほぼ決まりましたので、4月1日午前0時には受付を開始いたします。
(以下の時刻は開始から終了時刻で、18時終了の場合、その枠の開始時刻は17時になります。会場の詳細はお申込みいただいた方に返信でお知らせいたします)

・大阪  会場=高石市
5月20日 10時~18時
5月21日 9時~20時

・京都  会場=中京区
5月22日 10時~17時
5月23日 9時~20時

1枠55分、鑑定料は8000円。
占星術とタロットを使用した鑑定になります。

また今回!
初の本格的なセミナーを開催いたします。
ま、プチ・セミナーといった感じですが。

こちらは5月22日 17時30分~19時45分の2時間15分。
会場は京都四条烏丸界隈に会場をご用意しております。

参加費は5500円。
定員12名。

もうだいぶ前ですが、小さなセッションを倉敷で行ったことはありますが、その時は私も何もかも船出したばかりで、手探りでした。

今回はさらにいろいろと面白いお話もできるかと思います。
基本的に占星術に興味を持たれている初心者向けのセミナーです。

占星術に興味を持たれてはいるが、なんとなく知識の多さに足踏み、尻込みをされることも多いかと思うのですが、いかに占星術がすごくて知的好奇心を刺激するか、そういった楽しさをお話ししたいと思います。

詳細はまた4月1日の記事で、ご一緒にUP致します。



セミナーではなく、鑑定会のお申し込みについてですが。

毎度のことですが、ホロスコープを使用した鑑定を行いますので、生年月日と出生時間、出生地などの情報もご用意ください。
出生時間がわからないと鑑定できないということではありませんが、調べればわかる方は、是非、事前にご準備ください。
やはり精度が違ってまいります。

では、皆さま、もうしばくお待ちくださいね。



2016年3月25日金曜日

私の中の私…を見る


癒しと浄化については、いろいろな方から反響のあった記事なのですが、これに関連したことを、今日は記事にしたいと思います。

というのは、自分を見つめること、自分に湧き出る感情の根っこを探っていくことが浄化につながるわけなのですが、これがなかなかうまくできないという方も大勢いらっしゃるのです。

怒り、不安、悲しみ。

こういった感情は、実生活の中でもいろいろと私たちの幸福への道を邪魔する要因として、足をとるものです。

そのために上手く進めない。

不安だから行動できない、怒りのために相手も自分も許せない。

こういった状態は、あなたが幸福になることを妨害します。

その妨害要因は自分で心で作り出しています。



なので、私のことを少しお書きしようと思います。

人によっては役に立つこともあるかもしれません。

なぜかというと、私はこの自分のことを客観視することについては、非常に年季が入っているからです。
昔からできていた。

私の中には、もう一人の私がいます。

で、今回いつごろからそういったことができるようになり、どういう経緯でそうなったのか。

ちょっと思い出してみたのです。




説明しますと……

おそらく小学校に入るあたりまで、私はただの純真な少年だったと思います。

彼はたぶん私のメイン・キャラクターというのか、素直な私なんだと思います。

たとえば捨てられた子猫がいて、我が家でそれが飼えないときに悲しくて泣いたとか。

とくに深刻にものを考えず、無邪気に行動していた自分です。



ところが、記憶にある限り、小学校の高学年あたりから、自分の中に別な視点が生まれてきました。中学生の時には、それが顕著になっていたように思います。

これは多重人格とか、そういうものとは異なると思います。

おそらくなのですが、中学時代になって大量の小説を読むようになったことが関係しています。

この時期の読書量は半端ではなく、14~15才の男子の頭の中に、物語の中にある成熟した大人の思考回路や、推理小説も大量に読みましたので、いわゆる人間のネガティヴな部分も、いっぺんに情報として取り込んでしまったようです。

情報として、ですね。いかに感情移入したとしても、疑似体験にすぎないので。


私という人間はそこにありながら、私という人間の周辺で、自分とは別な価値観や考え方というのが、想像の中で湧くようになっていったのです。

たとえばお年玉をもらうとするじゃないですか。

それに1000円入っていたとしましょうか。
私個人は1000円がとてもありがたくて、「あ~、これでまた本が買える~」とか喜んでいるのですが、どこかで「ちぇ、なんだ1000円か~(と考える人間もいるだろうな)」と考えているのです。

「ちぇ」の発想は私本体が抱いたものではなく、そういう思考回路も世の中のどこかにあるが、それは自分のものではない、と理解しながら考えているのです。

一つの出来事に対して多様な考え方をする癖がついてしまっていたのです。

これは高校時代になると非常に顕著になり、たとえばこの時期には私は今に至っても切れない親友を得ているのですが、彼との付き合いでも、

「彼のことは信じられる」と普通に思う自分のほかに

「いったい、何を理由に彼のことを信じているの? 裏切られるかもしれないじゃない」と考えているのです。
ただ、「裏切られるかもしれない」という考えと私のあいだには距離があり、実はその発想が湧くのをそばで私が見ているのです。興味深く。

人間の心理というのはまことに興味深いもので、あることを思考すれば、その真反対のことを反作用のように思考する性質があります。

光を思えば、逆に闇を思うような。

良いことを考えたら、逆に悪いことを考え、慈悲的なことを考えれば利己的な考えも抱く。

人の中にはそういう光と闇が常に共存しているのだということを、高校時代にはすでに常に見て来ていたのです。

いつの間にか、なのですが。

私はこの両方の思考のどちらでもない、中庸に自分を置くようになっていました。



この次のことを書くと、もしかすると非難されるのかもしれないですが。

このブログで、たとえば災害の悲惨な状況に対する記事とか、危険なチャートから読み取れる記事を書くときでも、私は「早く救助されたら良い」と思う一方で、あるときは「この災害に関しては私の住むところには何も起きない」と思考していたりします。

が、それは単にそういう考えも人には湧くというのを、自分の中に客観視しているだけです。
本気で自分のところに何もなければそれでよいと思っているわけでもないんです。

世間一般の思考として、そのような利己的な考えもあるだろうということを理解しながら、遠巻きにその思考を見ているのです。

言ってみれば、思考の実験場みたいなものを自分の中に設置していて、私はそれらの思考を勝手にさせています。他に実害を及ぼすようなことはない。ただ自分の中でそういうのが湧いては消えるだけなので。


ところで。
感情を味わうこともこの世に生まれる大きな目的です。

とりわけこの世に生まれるにあたって傷つきやすい、感じやすいセンスを持って生まれている方から見れば、私はおそらくかなり冷酷な人間だと思われます。

いずれの感情や思考にも距離があるので、ある意味で非・人間的なところもあるのです。

人が善良かどうかという観点で、二種類に分けるとすれば、私は善良な人間ではないかもしれません。

よき思考や感情との間にも、距離感があるからです。

かといって「じゃ悪なのか」というと、それにもさらに距離があります。

ただ、いわゆる褒められないような思考もしているのは事実ですが、その思考と私のあいだにはさらに距離があったりします。

本気で考えてはいないのです(ネガティヴな思考に関しては)。

逆に自分も受け入れやすい、いわゆる善なる思考というのは、まったく抵抗感がないので、見てはいますが、受け入れています。



私が現実の生活の中でどうしているのかというと、そういうポジもネガも含め、感情や思考の湧き出るのを勝手にさせておきながら、

「じゃ、自分はどうするのか。どうありたいのか」

ということを、判断しているのです。


その判断の結果が、ここブログに書いているような立場です。

私はできうるならば自分が光の側にいたいし、好んで人からあしざまに言われるような立場になりたくもない。

少なくとも家族を愛し、大切に思っているのは事実で、こんな客観視の習慣がついている自分であっても、奥さんや子供たちに対する愛情は、リアルに自分のものとして感じるわけで、そこを守っていこうというのが、一番根本のスタンスで、それがあるからすべての判断がある。
リブラも愛おしいし(笑)


じつは、このように自分の中の自分を見ることができる人というのは、結構多く存在しています。

ただこのように込み入った説明をするのは極めて面倒な話ですし、人によってはただの冷血漢として誤解されます。
できるだけ普通に日常をやっている(演じている)というのが真相だと思います。


こういう内観習慣がすでにある私にとっては、理不尽な出来事に対する怒りの根っこがどこにあるのかというのをサーチすることは、実はとても簡単なことなのです。

怒りの中に、そもそも自分が入っていないからです。
瞬間的に何かを思い出して怒ることはあっても、この内観習慣もすごく年季が入っているので、すぐに離れることができる。



このような内観習慣が、中学高校時代の読書だけから身についたのかといえば、それだけではないと思います。

いくつかの布石はあったと思われます。

無邪気にやっていた少年だったのが、小学校時代にはいじめの標的にされ、やはり傷つくし自分を守ろうとします。
なぜそうなってしまったのか、自分や他人のことを知ろうとします。

前回書いた兄の存在も大きく、多少のことですぐに不機嫌になる気分屋の兄に抑圧され、なぜ彼を怒らせてしまうのか、考え、怯え、委縮してしまいます。

同じ小学時代、一つショッキングな出来事がありました。
修学旅行の時期に被っていたので、6年生の時だったと思いますが、走り高跳びをやって、私は左ひじを骨折してしまいました。
跳んだ後、下に落ちるときに左腕をまっすぐ伸ばしたまま地面に垂直についてしまって、ひじにひびが入ってしまった。
もちろんその時から腕は、曲げも伸ばしもできず、どうかしようとしてもものすごい激痛が走るだけ。

ところが当時の女性教諭が、私が痛がっているのを、「ただ跳びたくないだけだろう」と判断し、もう一度、「跳びなさい!」と強要しました。

少年の私は泣く泣くやりましたが、もちろん走るときに腕も振れないわけで、バーを跳び越せるわけもなく、体育の授業が終わった後、砂の入った靴を脱ぎ靴下をちゃんとはこうとしていたのかな、そういった単純な作業すら手が使えず、痛みのあまり勝手に涙が出てくるような状態なのを見て、ようやく「これはおかしい」と思った教諭が医者へ連れて行き、骨折が判明。

私は修学旅行をギブスをつけて行くことになったのですが、その時、「自分がどういう状態になっても、正直に訴えたとしても、厳しい人は厳しいし、信じない人は信じない」というようなことを皮膚感覚で感じたように思います。
ま、少年時代の一コマにすぎないのですが、こうやって整理していくと、自分の強く反応するところというのが、じつは子供のころに受けた体験の中にあることがわかってきます。

人は他人をいじめるのが楽しい。
人は他人のことを思い通りに支配したい。
いくら言っても信じてはもらえないこと、助けてもらえないことがある。

つまりこういう感情や思考の出所もここにありそうです。

幸いというのか、3歳離れていた兄が中学に上がると、少なくとも学校では接点がなくなりました。
生活も変わってくるので、家でも接点が減る。

そして中学になると私は、いきなり読書に没頭します。
こうして読書をすることで、数々の疑似体験的なものを集め、人々の多様な思考回路について学んだことは、もちろん大変に役立ちました。知識の上だけだとしても、小説と物語はやはりリアルな人間が作り出すものだからです。

これは皆さんにもお勧めできます。

漫画とかよりも、やはり文字情報が頭の中でイメージ化する小説のほうが良さそうです。

読者をする人としない人では、この「客観視」のアプローチに差が出てくるように思います。

ですから浄化と癒しの年である今年、内観を実践し、より幸せに近づ生きたい人には小説を読むということもお勧めします。
自分の好きなものでよいと思います。できるだけたくさん、多様なものを読まれると良いでしょうし、感情移入できるようなものが良いでしょう。


もう一つは今日、ここで私がしたように順を追って書き出していくこと。

それによって自分を知ることができます。



一番大事なのは、「意志」ではないかとも思います。

私は寄ってたかっていじめられることで、人は他人をいじめるのが楽しいことを知りました。
兄を通じて、人は他人を思い通りに支配したいのだと知りました。
頼りにすべき人に信じてもらえず、裏切られることがあるのも知りました。

こういった体験を感情のまま抱えて、同じように中学時代を過ごしたら、どこかでおかしなことになっていたかもしれません。
でも、これらの体験から、自分の中で決まっていったこともあります。

その人が何をしたとしても、寄ってたかって攻撃するような立場は自分はとらない。
  →一人一人の人生、考え方、学びを尊重し、否定しない。
人を自分の思い通りにはできないし、しない。
  →謙虚になり、あるがままを認める。
信じてもらえないことがあるも仕方ないし、裏切られることもあるのが人生。
  →自分の責任において相手を信じる。

こういったことは、成長するに従い、いつの間にか自分のマナーとなっていて、今の判断の基準にもなっています。
ま、人間ですから、時々感情的にもなりますし、全部が出来ているのかと問われたら、口ごもってしまう部分も、ちょっとありますけど(笑)

こういう意志はたぶん小学校の時の体験の裏返しなのだと思われます。
ネガティヴな思考や感情が湧いても、それに同調しないということができたのも、結局はその意志なのかもしれません。

としたら、あの時の数々の経験も、重要な意味を持っていたことになります。


皆さんのお役に立ったかどうか、怪しいですが。

非常に個人的なことを、つらつらと書かせていただきました。


自分のことを知り、内観するということのサンプルとして。



※ 注
私は感情から距離を置くことをしやすい人間ですが、それはチャート上にもそれをやりやすい特徴があるからで、感情を捨てることが正しいわけではありません。
感情を味わうことはとても大切なことで、特に情緒的なセンスの強い人は、むしろこれを豊かにすること、磨くことが大切です。
いかに癒しのためとはいえ、感情を捨てることをお勧めする記事ではありません。
ただ情緒豊かな人ほど、感情に呑まれやすいというのは傾向としてありますので、痛みや悲しみ怒りなどが自分の何かを阻害している場合、やはりこれを一度とことん見つめてみれば、内観後の内的な充足は非常に大きなものとなり、より幸福へと近づくはずなのです。



2016年3月24日木曜日

フードスタジオDoTeKIRIに


先日、地元の放送局のTVを見ていたら、玉野市に新しいラーメンが登場するという告知をしていました。

ラーメンが大好きなので、何気に見ていたら、なんと!

懐かしいお顔がTV画面に。

昔働いていたホテルの厨房で、それこそ毎日のように顔を合わせていた方でした。

そこで働いてらっしゃるようです。



へえ~、これは一度行ってみなくては♪


紹介されていたラーメンも、珍しいのこぎりがざみを使ったものらしい。



てなわけて、陣中見舞いもかねて何人かでお邪魔いたしました。

行ってみると、フードスタジオDoTeKIRI(どてきり)は、
産直市のお店と、ラーメンKANI、レストラン&カフェPlage、和食のお店の心和(こより)などが集合した形態のお店でした。

ラーメン屋さんだけじゃなかったんですね。

ラーメンはカウンターのみ。

レストランと和食は隣にあります。

でも、とりあえず目当てはラーメンだったので、もちろんカウンターに。


出て来てみますと、「おおっ」w(゚o゚)w

本当に蟹そのものが乗っています。



これはまろやか醤油。


そして、あっさり塩。



私は旨辛味噌にしてみました。


たしかに蟹の風味がぷんぷんして、どれもスープは美味しい。

麺は細麺です。


私はちょっと花粉症のため、風味が今ひとつ感じ取れ切れないコンディションだったので、若干ぼやけた食レポになりますが。

美味かった!

旨辛味噌は辛さを三段階から選べるのですが、私のは一番ゆるいやつ。
もう少し辛くてもいいくらいで、それほど蟹の風味が立っているのです。

麺の上にトッピングされている蟹の身は、茹でられ、すでに出汁も取られているのかな?
そう味が濃いわけではない。

あ、それに小さな薄い殻も多少残っていて、口に当たります。
そういうのが気になる人もいるかもしれませんが、私はまったくOK。


甲羅は飾りなので、とくに中にカニミソがあるとか、そのようなことはありませんが、ハサミには身がついていました。

う~ん。出来たら、このハサミの部分だけでも生で焼いて、香ばしくしてトッピングしてくれたら、よりうれしいかも。

でも、蟹のお味、風味はスープにしっかり出ているので、そっちがメインですね。


しかし。

さすがに希少な蟹を使っているだけあって、お値段は張ります。

ラーメン業界でも一つの禁断のラインである1000円を突破!

旨辛味噌は1380円、他は1350円です。
この三つ以外にも、ソフトクラブラーメン850円などがあります。

個人的には、これも一つの特色を打ち出したラーメンなので、ありかなとは思いますし、応援したい。

なにせ、ラーメンは好みが難しい世界で、Aさんが美味しいというラーメンが自分が食べて同様に感じるかどうか。
まあ、なんでもそうなんですが、ラーメンは特にその「好みの棲み分け」みたいなものがはっきりしているように思います。

ですので、そういう主観によるものとお考えくださいね。



ところで、その懐かしい厨房の方は、ラーメンを調理するわけではなく、レストランのほうを預かっておられるようでした。

もともとフレンチで働いていた方ですからね~。

当然といえば当然。

ランチは、ラーメンのことを考えたらとてもとっつきやすいお値段です。
(ランチは1000円~)

今度はレストランに来ようと思うのでした。





2016年3月23日水曜日

満月メッセージ 3/23

☆満月チャートは、前回の新月から次の新月をつなぐターニング・ポイントです。新月の意味はここで充実したり、あるいはその意味を実現させるための大事な課題が提示されたりします。

ちょっと仕事などのスケジュールで遅くなりましたが、満月メッセージをUP致します。
本日の21時頃が正確な満月です。




ベルギーの首都で、テロが発生しました。
新月・満月あたりでは大きな事件が発生しやすい傾向はありますが、非常に痛ましい事件です。
邦人も巻き込まれたのと報道がありました。

一つ思うのは、これはヨーロッパの都市で発生したものだからこそ、日本でも大々的に報道されていますが、これと同じようなことはシリアやイラクでは日常的に発生しているのだと、私たちに想起させるということです。
そのことは個人的に、頭の隅にあります。

一般的には、身近なところで起きた事件でないと感情を揺さぶられにくいというのはあります。
やはりそういうものだと思いますし、そうでないと私たちは毎日毎日悲嘆にくれて、泣きわめきながら生きて行かないといけません。
笑うことすら忘れ。

それが良い事とはやはり思えません。
私たちは個人的なことで笑い、喜び、命を讃えて生きて行っていい。
今日の美味しい食事を喜び、恋人と会えることを喜び、子を抱く喜びにあふれ。

それで良いのだと思います。

ただ、この地球上で起きていることを、ある程度ちゃんと知っておきたいということは、自分の中にあります。


3月の日本と全体観測の記事を書いたときに、ある種の懸念は抱いていました。

それが海王星の無秩序と混沌、そして別に暗示されていた「集団化」ということでした。
歯止めが効きにくくなるということも。


じつはこの集団、グループということが、この3月の一つの鍵となっていて、この満月図もそれにかかわっています。
月のサビアンは、キャンプファイアの周りに、若い人々の集団が霊的な交渉を保ちながら座っているというもので、この満月が近づくにつれ、集団の暗示が強まっていたと見られます。

人間はそれぞれに異なる価値観があり、もちろん集団にもそれぞれに違った価値観があります。

倫理も宗教も。

このシンボルはその集まりの中から受ける影響の拡大も暗示しています。

場合によっては、それはマイナス面もあり得ます。



個人にとっては、つまり属している集団が重要なのです。

これは家族もそうですし、職場、趣味などの集まりも同じです。
また広い意味では同志的な結合や国家なども、そうだと言えるでしょう。

人間はどうしても個人の視点や価値観では、狭いものです。
認識に限界があります。

ですが、同じフィールドを共有する人々と意識を共有することで、初めて個人の限界を突破していけます。

また一人でできることは知れていて、思いを共有する人たちと力を合わせることで、大きなことが成し得ます。

私たち一人一人は、そのような意味合いにおいてこの満月を生かすと良いでしょう。

それは多くの集団でなくても、もしかすると恋人やパートナーなどのつながりという、最も少ない数の「集まり」かもしれません。二人という。

その集まりの力を得て、周囲の人の幸せのために生かしてください。


私自身、そうありたいと思いますし、そのような動きが多く広がることを願います。






2016年3月22日火曜日

最後のひと山なんだけどなー

次のミュージカルの作中で取り上げることになる場所に、地元の児島半島の突先、久須美(くすみ)の鼻というのがあります。

そこにはお不動様が祀られているお堂があるのですが、そこを一度目で見ておこうと思い、天気のいい日の午後にKATANAを走らせました。

久須美の鼻周辺の道は対向二車線ながらやや狭く、すごく曲がりくねっています。

バイク屋から戻ってきたKATANAは快調そのもので、ワインディング・ロードをすいすい向きを変えて駆け抜けます。


久須美の鼻から少し過ぎた道沿い。

吹上漁港近くの路肩で撮りました。

瀬戸大橋が横に伸びています。






これはその漁港のちょっと上側にあるパーキングエリア。

晴天の下、この日の瀬戸内は美しかった……




瀬戸大橋もこんなに近いのです。



ずっと四国へ伸びています。

世間的には休日ということもあって、あたりを走るライダーもよく見かけました。




さ、帰って構想を詰めよう。

まだまだ、難航中……

このひと山を越えたら、全貌が見えるはず。



ライドするのは気分が変わっていいけれど。